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    セーターと母と仲間と (4)微笑み

    • 2016.02.05 Friday
    • 23:50
    miko-mikuの母が秋から入院していた大学病院は、
    都心から少し離れた私鉄の沿線にありました。

    昼間は大勢の外来の患者さんで病院のロビーはとても混雑していましたが、
    入院棟の夜の入口は、miko-mikuが行く時間にはもうすれ違う人もまばらで、
    病室が並ぶ廊下もしんとしてとても静かでした。

    クローバー クローバー クローバー
     
    トントン。
    病室のドアを小さくノックしてそっと入ります。
      
    1980年代の初めは、芸能人や会社の社長さんなど、
    個室を使う人はごく限られた一部の人で、母も最初は4人部屋に入りましたが、
    容体があまり良くなくなって家族や親戚など付き沿う人が増えたので、
    まもなく2人部屋に移ったのでした。

     クローバー

    母のベッドは奥の窓側で、廊下側のベッドにいた方は
    とても品の良いおだやかなおばあさんでした。
    当時、弟は家を離れていて、父もmiko-mikuも仕事で
    平日はどうしても病院に着くのが遅くなるので、
    病室の出入りや、小声でも母との話し声でご迷惑をかけてしまいます。

    仕切りのカーテンは少し開いていることが多かったので、
    奥へ進む時にお詫びがてら会釈すると、優しく微笑んで返してくれる方でした。
    「いつも遅い時間にすみません」と言うと、
    お話しはされませんでしたが、また微笑んで軽く頷いてくださいました。
    本当にありがたく思いました。

      クローバー 

    おばあさんのところには時々中年の男性が訪ねて来られていました。
    息子さんのようでした。
    ある日、父から、多分息子さんと思われるその男の人が元プロ野球のS選手だと
    教えられました。往年の名選手とのことでしたが、miko-mikuはわからず、
    でも、ベッドのおばあさんと同じく、その男性もとてももの静かな落ち着いた感じの方でした。
    顔を合わせると、挨拶するはるか若年のmiko-mikuにも必ず軽く会釈を返してくれました。

    クローバー クローバー クローバー

    おばあさんのベッドとの間は仕切りのカーテンがあり、母の片側は窓なので、
    病室の奥ということもあり、母はいつもカーテンをせず、
    高層階の病室の大きな窓からは、昼は少し下町風の、
    夜はそれほど華やかではないいくつかのビルの明かりが見えました。
     
     クローバー

    miko-miku:来たよー。
     
    母は静かに微笑んでいます。
    「調子はどう?」とは聞けませんでした。
    病気がとても早く進行していて、
    強い治療で体力も消耗して、
    とても辛そうだったからです。

    まだ病名の告知を患者本人にするなど考えられない時代でした。

    (続きます)
     

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